仙野師範の思い出
仙野師範とは、親しくお話しする機会が多かったわけではありません。それでも、私にはどこか不思議な、静かな縁を感じる方でした。初めて日本を訪れ、武神館本部道場で初見良昭先生の稽古に参加したとき、私を迎えてくださった方のお一人が仙野師範でした。その出会いは、日本の武神館に実際に足を踏み入れたときの記憶と結びついています。
それから長い年月が過ぎ、私が最後に本部道場を訪れたとき、再び師範にお会いし、稽古に参加することができました。当時、私は師範が進行した白血病を患っていると聞いていました。お加減を尋ねると、師範は穏やかに、お元気だと答えてくださいました。その数週間後、私は訃報に接しました。
そのお返事に、師範が語らなかった意味を付け加えるつもりはありません。ただ、温かく、控えめで、謙虚な方だったという記憶とともに、今も心に残っています。もっとお人柄に触れ、教えを受ける機会があればと、残念に思います。
私は師範の身近な弟子だったとは言えません。お会いした時間は短くても、その温かさと忍術の繊細さは、深く記憶に残っています。技量の高さを誇示する必要のない佇まいに、師範の人柄と技のつながりを感じました。派手さよりも精度、適応、無駄のなさを大切にする姿は、私が忍法を学ぶうえでも心に留めているものです。
初見良昭先生のもとを初めて訪れたとき、そして長い年月を経た後の本部道場への訪問でも、師範はそこにいらっしゃいました。超自然的な意味を見いだしているのではありません。遠く離れた二つの時を同じ方が結んでいたことが、歳月とともに、私にとって大切な記憶になったのです。
もっと時間をかけて仙野師範を知ることができればと思います。それでも、私の歩みの二つの節目の間には、深い優しさと謙虚さを備えた方の記憶が残っています。その体術もまた、静かで自然、精緻で、余分な力を感じさせないものでした。
短い出会いでも、その面影は長く心に残ります。
Jérôme Pailliette


































































































































































